日記

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最近

 

某日

 

人と話す時に「AIって使ってます?どうやって使ってます?」という類の話題になることが往々にしてある。各々のAIとの向き合い方があると思うが、仕事上である答えを導き出すために使っているというのではなく、プライベートの相談相手みたいな形でAIと話しているみたいな話を聞くと、未だにギョッとしてしまう。

ラジオを聞いていて「仕事が忙しくなったことによる子育ての悩みをChatGPTに話していると、その履歴を見た当の本人(11歳の子ども)に見られて『おかあ、チャッピーと話さないで』と泣かれて反省」というお便りが読まれていたが、スピルバーグのA.I.が親子逆になったような悲しい話だと思った。

このような対人関係の悩みをチャッピーが解決してくれる訳がないことは、誰でもわかるはずだ。私もわかるのだが、一度チャッピーを手にしたらこういうことも聞きたくなる気持ちもわかる。どんな質問をしてもそれらしい答えをくれるチャッピーなら、どんなことを言ってくれるのだろうかという好奇心が先ず芽生えるだろうし、いつの間にかなんらかの答えを聞きたい本心と好奇心がごちゃ混ぜになりだすような気もする。「そんなのリテラシーが低いだけだろ」と一蹴する人もいるだろうが、私のようにそうやって便利さに流されてしまう人は一定数いると思う。

この先もAIは複雑な人間の心を読めるようなことにはならないと思う(と思いたい)。であれば、AIに人間関係のことを話してしまうことは無益なはずなのにそうしてしまう人がいるというのは如何なものか。例えば精神的に不安定な10代の子どもがチャッピーに触れた時はどうなるのか。

一方で明確にある答えを導き出すためだけのAIの使い方もあるだろうが、なんかそれもAIに人間の集合知を吸い取られているような気がして怖い。怖いし、気分も良くない。有史10万年以上の人類の知恵が急速に吸い取られてるって考えるとなんか嫌じゃないですか?いつかターミネーターのサイバーダイン社みたいなのが出てきて人類滅亡させられないですか?JamiroquaiのVirtual Insanityを歌詞読みながら聴いてみたらどうですか?今週末サマソニに出るし。

ついでに書くとAI生成された画像の「本物じゃなさ」も気持ち悪いと思っている。写真画像も本物っぽくしてるし、イラスト画像も本物のイラストレーターが買いたようにしているが、大体一見してAIが作ったとわかる。今やAI画像は広く使われていますが、不気味の谷現象のような違和感を覚える人は少数派なんですかね?

我ながらAIを嫌忌し過ぎで前時代的な考えような気もするし、他の人がどのようにAIを使っていても私がとやかく言う権利はないのですが、私はそんなことを思って不売運動のごとく意識的にAIとは距離をおいている。

 

 

某日

 

音楽(洋楽)が好きだという人と話し、どんな音楽が好きなのか話を聞いていると、雑誌「ロッキンオン」の表紙を飾るような、「ロック名盤〇選」に選ばれるような、フェスでトリを飾るようなバンドしか名前を挙げないということがあり、つまらなさを感じながら話を聞くということがあった。もちろんそこに挙げられたバンドに好きなものもあるが、「音楽ってそれだけじゃないですよ?」という気持ちがずっとあった。だってCOLDPLAYとレッチリって全然音楽違いますけど?売れてたり社会的に評価されていることが、あなたの評価基準なんですか?もっと広い意味でのオルタナティブでニッチな音楽にも面白さはあると思いますけど?あなた視点のあなたが本当にいいと思っている物の話を聞かせて下さいという気持ちになった。

嫌なマウントを取るようなことがないのであれば「他の人が知らないものを知っている自分が好き」みたいな中二病的なアレでも全然いいと思っています。

 

 

某日

 

映画「海辺の一日」を観た。

 

今週最大のショックだったエドワード・ヤン「海辺の一日 」についてツラツラと書きました。いわゆる作品レビューではないです(というか最後には読者の皆さんにお願いも)

 

佳莉(ジャーリィ)は、小さな町の医師の娘として、親への服従を重んじる伝統的な価値観のもとで育った。父の権威に逆らえず、愛を失っていく兄・佳森(ジャーセン)の姿は、彼女に深い衝撃を与える。やがて佳莉は、父が望む結婚を拒み、同級生の徳偉(ドゥウェイ)との結婚を選んで家を出る。

一方、佳森の元恋人である蔚青(ウェイチン)は、留学先のオーストリアから帰国した才能あるピアニストとして活躍していた。佳莉の自由な決断に憧れを抱いていた彼女だったが、佳莉の結婚生活は、次第に理想とかけ離れたものになっていく。

ある日、佳莉は警察に呼び出され、海辺へ向かうことになる。そこで彼女は、夫との歳月、自分が選んできた人生、そして見ないふりをしてきた感情と向き合い始める。過去をたどるなかで、彼女の中に封じ込められていた時間が、少しずつ姿を現していく。

 

「これは私だけに向けられて作られたものだ」「これの本当の良さを理解できるのは私だけだ」とひとりでも多くの人に錯覚させることができるものこそが優れた美術芸術だという言葉をどこかで聴いたことがあるが、私はこの映画を見てそんな錯覚を覚えてしまった。

なにが、ということを言葉にしようとすると映画の機微が零れ落ちてしまうのだが、佳莉と佳森のそれぞれ生まれ変わった瞬間が私を捉えて離さない。それを書き残しておく。

 

佳莉は実家の家父長的価値観から逃げ出して、離れた台北で愛する同級生と結婚するが、その結婚生活も思った通りに進めることが出来ずに、自分の人生の正解はどこにあったのかと苦悩する。そんな中で救いとなったのが、学生時代からの親友と過ごす時間だった。家庭(や仕事など、ひとつのこと)でいっぱいいっぱいになった時に、別のところに抜け穴があった、というのはよくある、ありふれたことだと思う。佳莉もその親友と別に特別なことをした訳ではない。煙草をくゆらせ、暗い部屋で共に一晩を明かしただけだ。しかし、朝になって窓から差し込む淡い陽光と、親友の幼い赤ちゃんの泣き声、ことりのさえずりに包まれて、佳莉は人生の進むべき道を自分の中ではっきりと感じ取る。そして、その朝帰りの軽快な足取りをフレアのかかったカメラが捉える。

このさして特別ではない一夜が人生の風通しが良くすることがある、という物語に美しい希望を感じてしまうのであった。私たちの人生にもこのような一夜があり得るかもしれないと思うのはロマンティックすぎるだろうか。

 

もう一つは実家から逃げ出した佳莉と反対に、恋人が居たにもかかわらず父が連れてきた女性との結婚を選んだ佳森の死に際の独白。病床で横たわり「僕は十分に幸せだ。ちっぽけな僕の命がこんなに続いた。それだけで悔いはなく喜ぶべき奇跡なんだ」と語るも、佳森は冷たいはずのベットの手すりを弱弱しく撫で、そこから感じる僅かな熱によって生の世界への未練も蘇る。「まるで世界が僕の傍らで蘇るかのようだ。僕は心からこの世界ともう一度知り合いたい」。カメラの露出が高められてほとんど真っ白な画面は幻想的で、あの世とこの世の境目を映し出しているように思われる。「心から世界と通じ合いたい」という純粋な願いをもって、佳森は死ぬ間際にして生まれ変わった。

死ぬ間際を経験したことのある人はこの世には存在しないはずなのに、何故その人間の心理描写をここまで端正に描けるのだろうか。よくある問いだと思うが、もし自分が余命◯ヶ月ならどう過ごすかなども身に迫って考えさせられた。このシーンのセリフは全て記憶に残しておきたかったし、「心から世界と通じ合いたい」という心持ちはいつも胸にしまっておきたいと思った。

 

 

某日

 

インスタグラムでフォローしている写真家のariaさんという方の写真集を買った。この方の写真を見た時、上手く言えないけれども海辺の一日の佳森の言葉を思い出して「世界と通じ合っている写真だ」と思った。写真に写る風景や人物の瑞々しさが伝わる。というか、一瞬を切り取る写真だからこそその瑞々しさを増幅させて伝えてくれているのかもしれないが、いずれにせよ写っている世界を肯定するような眼差しを感じた。

そしてやはりソールライターやマーティンパーのような有名な写真家でなくても、私に感動をもたらしてくれる人は私がアンテナを張ってさえすればいるのだ。世界は広いのだから。

 

 

 

某日

 

日々のことでこれを書き記す時間が取れない。書き記すことが何らかの発散になったり、見返した時に思考の道標になるので、もっと書きたいと思っているのだが。前回はまとめて1万字超も書いていたが、今後はもっと少ない文字数でも気軽に書いていった方がいいのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

最近

 

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今後このブログからnoteに移行しようかなと迷っていますが、とりあえず今回はこちら↓のnoteページにも同じ記事を書きました。

note.com

よければnoteアカウントのフォローお願いいたします。

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某日

映画「Good One」を観る。

17歳の少女サムは、父クリスと彼の旧友マットとともに、ニューヨーク州キャッツキル山地へ2泊3日のキャンプに出かける。

二人の男たちは、旅路の間、長年のわだかまりをぶつけ合いながらも、ゆるやかにじゃれ合う。年齢以上に聡明なサムは、彼らの小競り合いに半ば呆れつつも、聞き役、世話役を全面的に引き受ける。しかし、男たちの行動によってサムの”大人への信頼”が裏切られたとき、サムと父は”親子の絆が揺らぐ瞬間”を迎えることになる。

映画の中でクリスとマットは無自覚にも家父長制的な価値観を持っていて、サムに対して加害性のある言動を繰り返す。例えば、車酔いを理由に運転を申し出るサムに対して、父クリスが「スマホの見過ぎ」と決めつけながらも、逆に自分のスマホで仕事のメールを確認させたりする。サムは黙ってそれに従うし、キャンプでもクリスとマットがだべっている間に黙々と水汲みをして食事の用意をして片付ける。男性の無自覚だからこその身勝手さと、それを受け流さざるを得ない女性の姿を嫌というほど見せられる。

一方でクリスの娘(サム)思いの一面やマットの息子との関係性に悩んで涙する一面も映されており、ふたりの男を単なる悪者としては描いていない。監督のインタビューを読むとマットとクリスについて、「彼らのことを好きでいたい」「観客にも少なくともときどきは、この人たちを楽しんでほしい」と思っていたことなどが書かれており、映画としての懐の深さを感じた。

彼らは恐ろしく酷い人間というわけではなく、ただの人間です。(中略)
息子を愛していて、食べることも大好きです。だから私は彼のことを、判断を誤る瞬間もある、一人の人間として描こうと思いました。

meandyou.net

かといって私たち男性はその懐の深さに甘えてはいけないことを忘れてはいけない。

 

 

某日


もうすぐ4歳になる子は週に一度お絵描き教室に通っている。その教室では小学校高学年までの子どもが一緒に絵を描いており、恐らくその教室に通う子どもの中でも3歳というのは最年少だ。幼いということもあるだろうが、私の子は誰とでもフレンドリーというタイプでもないので、1時間半の教室を一人で過ごすことがまだ出来ない。他の子や先生とあまり打ち解けずにいる姿を見ていると、それは確実に自分の遺伝によるものだと感じごめんな…という気持ちになる。ただ、絵を描いたり何かを作るのは楽しいようで、教室に行きたくないとは一度も言われたことがない。
その日も付き添いで一緒に教室に来ていた。毎回先生の考えたテーマで絵を描いたり工作したりするが、この日は黄色くて丸い満月のスタンプを画用紙に押して、周囲にクレヨンと絵の具で好きな夜の風景を描こうというものだった。
子はまだ絵という絵は描けず、がーっとクレヨンで画用紙を塗りつぶしたりしている。ただその日はよく見ていると、線の起点と終点を繋ぎ合わせて円のような形を描いていた。そしてそれを2つ並べてその下に一本線を引いており、がたがた揺れる線ではあるが、"顔"を描いていることが伝わる。その僅かな成長を愛おしく思う。毎週の習い事で子の成長を定点観測している。
次に絵の具でピンクを作ってくれと言われ、赤と白を混ぜてみせると、筆でその顔に色を付けていた。聞くとよく見ているアニメのペッパピッグという豚のキャラクターを描いているとのこと。なるほどこれはどこからどう見てもペッパピッグだよな。
同じテーマで自分が真っ白な画用紙に向き合ったら、と考える。満月がある。中秋の名月ということにしようか。中秋の名月にはススキとウサギだろう。スペースが余ったから月見団子を描いておくか…余りにも乏しく凡庸な自分に辟易する。絵を描くことは想像力なんだな。
キース・ヘリングは「赤ん坊こそが人間の完璧な姿で、社会の色に染まらず純粋無垢で、未来への希望の象徴」だと考えて赤ん坊をモチーフにした絵を描き続けたらしい。子はペッパピッグが好きだから好きなペッパピッグを描いて、脳内の自分の世界を表現して、拡張している。いずれこのような純粋さは失われていくのかもしれないが、親としては世界がこの純粋さを保ち続けるに値する場所だということを少しでも示していたい。

 

 

某日

 

オードリーのオールナイトニッポン、ピース綾部ゲスト回を聴く。

www.allnightnippon.com

 

「渡米先で収入源とかどうしているの?」と聞かれることに対しての綾部のアンサーが痺れた。

なんですぐそんな何をやっていて何を収入源にしてるのって…悪いことをしていないってことだけは言っておくよ。悪い金で生活していないから後は放っておいてくれよ。お前らが気にすることではない。日本国民よ、一切興味を持つな、おれの収入源、おれの生活に対して。

他人がどう生きていて、どういうお金の得方をしているか、何を目的としているかをいつまでも聞くな。

 

 

某日

 

自分にとって大切な本とかを人に勧めるのって難しいなと思う。そういった話をするときはだいたい自分を開示して相手との距離を縮めたいと思っている時だけど、自分の中でがそれが大切なものであればあるほど、相手の反応が「あーよかったね」とかだけだったら「それだけ!?」と思ってしまって相手との決定的な違いを認識してしまうから。勧めたものを見てくれなかった時はそれはそれで少しがっかりしてしまうし。なので初めに何かを勧める時は1番大切ものじゃなくて、まあまあ好きなものを言ったりする。

その本とかに自分のアイデンティティを感じすぎてしまっているし、多分考えすぎている。

 

 

某日

 

上の子と一緒に映画館で「ズートピア2」を観た。子は大きなスクリーンと大きな音にビクビクしながらも、最初から最後まで席に座って観ることができた。以降、家でもズートピアの主題歌を流してくれとせがんでくる。主題歌を流すと毎度「これ好き!」と言い、飛び跳ねて踊っている。そして、それを見た1歳2ヶ月の下の子も音楽にあわせて?手を叩き喃語で歌ようになった。

一日に何度も流れるシャキーラの歌の前で、私の買ったレコードはめっきり出番が減ってしまっている。

 

 

某日

 

Turnstileがベスト・ロック・アルバム賞とベスト・メタル・パフォーマンス賞の2部門を受賞というニュースを聞いて嬉しかった。ハードコアとかラウドミュージックのバンドには、なんとなく聴かれるのではなく、聴く人を強く惹きつける求心力があると思っているけど、そんなことも感じさせる受賞スピーチだった

このバンドは個人のためではなく、共通の糸が隠されているこの世界で、その糸を探し求める集団のためのものです。

世界は我々に「お前たちは誰で、何者でないか」と決めつけようとする。

だが真実は、我々はどこにも属さず、同時に全ての人に属しているということだ。

newbreedscene.com

↓最近YouTubeにあがっていたストーンローゼスのカバーもとてもよかったです。ドラムの人がアジカンのTシャツを着ている…!

www.youtube.com

 

 

某日

 

あちこちオードリーのヤーレンズゲスト回を見た。

www.tv-tokyo.co.jp

 

学生時代勉強しておらず、頭の容量が空いてしまったが故に、どうでもいい情報の引き出しが増えたという楢原に笑った。

 

サッカーに詳しい横並びゲストの影山優佳がテレビ、ケータイ、タブレットの3画面で試合を同時に見ているというエピソードに対して、

峰竜太と同じことやってる(自宅にモニターがいっぱいあるらしい)

 

同じく影山優佳が、サッカー界のさかなクンになりたいと話したのに対して、

車も抑えないとね、さかなクン車も好きだから( 1980年式の2トンダンプが愛車らしい)

 

相方の出井がMC若林に「でも頭良さそうだよな、出井は文章書けるもんな」と言われたのに対して、

でもゴーストライターだもんな、松本伊代さんと同じ( かつて自著の宣伝中に「私も今日初めてこれを見たんで、私もよく読んでいないんだけど」と発言したらしい)

 

固有名詞に紐付けされた情報量の引き出しの多さに既視感を覚えたが、銀シャリの橋本だった。


www.youtube.com

↑銀シャリ公式チャンネルの橋本例えまとめ集。ありがたい。

 

 

某日

 

昨年旅行したイギリスと沖縄で撮った写真をまとめたZINEを作った。

もともとこういった形で作ることは考えていなかったが、旅行を終えて写真を見返していると我ながら良い写真が撮れているなと思い、制作するに至った。また、育児休業中で比較的編集作業の時間があったことも制作するに至った理由だ。

「書きたい!作りたい!」という純度が高く作られたプロではない一般の人のブログやZINEが好きで読んできた。自分でもブログはこうやって不定期で書いてきたが、モノとして存在するZINEをいずれ作ってみたいと思っていたので、作ることができてよかったなと思っている。しかし、載せたい写真を全部載せたらそれなりのページ数になってしまった。そのため、印刷費用を回収しようとすると誰も買わないような値段になってしまうで赤字価格で販売することとした。

たまたまいい写真がまとまって撮れた、編集時間があった、赤字でもいいかと思えたなどと行き当たりばったりで今回ZINEを完成させることができた。次はいつ作れるだろうか。

2026年3月現在、ジュンク堂書店大阪本店3階のcue booksという貸し本棚サービスの第13章238頁という場所(格子状の本棚はそれぞれ第〇章〇頁という名前で場所が決められている)、もしくは那覇のレコードショップBON VOYAGEさんで販売しています。もしくはinstagramXでDMをいただいても通販いたします。

ZINEイギリス編

ZINEイギリス編より

ZINE沖縄編

ZINE沖縄編より

こちらにも「つかのまの気持ち」というZINEのタイトルに関してなど書きましたので、よければご覧ください。

 

 

某日

 

ZINEを販売するためにZINEフェスに出店参加した。同じように個人でZINEを作った人たちが集まって、各ブースでそれを販売するというイベントだが、ブースに立って目の前で自分が作ったものを手にしてもらうというのは本当に得難い経験だった。ZINEを見てもらったり、話を聞いてくれたりするだけで嬉しいし、さらに写真の感想を言ってくれたりすると作ってよかったなとホクホクした気持ちになる。

私の作ったZINEは赤字価格とはいいつつ、写真ZINEなので文章を中心としたZINEよりも印刷費が嵩んでいることもあって、他のブースで販売されているZINEよりも割高だった。他は高くても1000円ちょっとだったりするが、その倍程度の価格だ。まあ見知らぬ人が作ったものに対して一期一会でお金を払うことを考えると、普通1000円くらいまでだろうなと思うが、それでも私のZINEを買っていただいた方がいて本当に感謝しています。自分が作ったものが他人様の本棚に収まるというのはとても嬉しいことだなと思う。できればお一人ひとりがどんな方で、どんなところがいいと思って買っていただいたのかをお聞きしたかったが、そんなことを根掘り葉掘り聞いてくるのは気持ち悪いので聞けなかった。興奮を隠してお売りしていました。

自分のブースの前に人が少ない時間には他のブースを回って色んな方と話すことができ楽しい時間を過ごせた。面白そうなZINEもたくさん買えた。終わってからも誰かと作ったZINEについて話したいという気持ちになるが、特にそんなこともなく名残惜しく会場を後にした。

 

 

某日

 

子どもの成長する姿からは目を離したくないなと思うし、現実問題としても走り回る子どもから目を離せない毎日を送っている。育児をしていると親は1人で好きなように過ごせる時間を持ちにくい。
子どもの成長を見守るのも大切だが、親としてではなく1人で気が向くまま過ごしたいという気持ちを消し去ることはできなかった私はパートナーに「今度の誕生日に物はいらないので、1人になれる時間が欲しい」と伝え、3泊4日で沖縄旅行に行かせてもらうことになった(とは言え私たち夫婦は共に育児休業中の身なので、世間の子育てされている方よりは比較的1人の時間は取りやすい立場だと自覚しているが…本来は誰にだってこのような権利はあって然るべきだと思う)。
何故沖縄かと言うと、一つは去年沖縄に一人旅をしたのが良い思い出だったのと、もう一つは好きな折坂悠太さんのライブが那覇でありそれを見に行けるから、という理由。
加えて、折角沖縄に行くのであればということで、昨年の沖縄(とイギリス)旅行を通じて作ったZINEをどこか沖縄のお店に置いてもらいたいなと思い、勢いで那覇のレコード屋BON VOYAGEさん(以下、親しみを込めて愛称ボンボとさせてもらいます)に連絡したところ会っていただけることになった。面識もない中で「是非!」と返事いただいたボンボ店主のゴウさんに感謝です。ボンボにZINEを置いてもらいたいと思った理由などはこちらに書いたので、よければ見てみて下さい。
そのような経緯でパートナーと子どもたちに見送られる中、ZINEを入れたトランクを引いて神戸空港から沖縄に向けて飛び立った。細かく旅程を書くのは無粋かもしれないが、自分でもどうだったか忘れたくないので書き残しておこうと思う。

 

*

 

那覇空港には15時前に着いた。その日はニイニイヨン音楽祭というのが那覇で開催されており、ちょうど15:20からHOMEという沖縄を拠点とするバンドのライブが始まるということだったので、トランクを引いたまま見に行く。デパートの1階の広場みたいなところにステージが組まれていたため偶然通りかかった人も見ることができる立地だったが、ライブ終盤でステージ前でカチャーシーを踊るお年寄りの方が表れていた。HOMEのライブで沖縄ならではの光景を見れてよかった。

HOME@ニイ二イヨン音楽祭

HOMEのライブ後、宿に荷物を置いて風呂に入った後、再度ニイニイヨン音楽祭へ。ニイニイヨン音楽祭は2019年2月24日に行われた辺野古米軍基地建設のための埋立ての賛否を問う沖縄県民投票を機に、毎年開催されているイベントということで、音楽ライブ以外にもトークショーが開催されていた。その時間は玉城デニー知事が「沖縄の基地問題の「いま」を聞く」というテーマで登壇しているということで見に行った。

沖縄の美しい海を写真に撮ってZINEにしたりしているが、写真を撮っていた時も空軍機が大きな音を轟かせて海上を飛んでいるのを見ていた。沖縄の綺麗な上澄みだけを搾取しているんじゃないかという意識も少なからずあったため、基地問題について知りたいと思っていた。が、開始から50分くらい経って会場に着いたので、その時には話題は他に移っており肝心の話をあまり聞けなかった…。ゆっくり風呂入ってたからだ…と思って聞いていたが、最後の方で知事が「非核三原則は堅持」「核廃絶に向けて、唯一の被爆国である日本は国際社会でリーダーシップを発揮しないといけない」と言っており、それはそうだよなと思った。私は生きていないだろうが、子どもがまだ生きているであろう2100年とかには核兵器がない世界になっていればいいなと思う。非核三原則堅持を明言しない高市首相からすれば、これは理想論なのでしょうか。

基地問題についてもこれを機に本を読もうかと思う(後日、沖縄ではないが、横須賀の米軍基地に配備されているイージス艦がイランへの攻撃に加わっており、トマホークを発射しているというニュースを見てめちゃくちゃやるせない気持ちになった)。

news.yahoo.co.jp

 

17時半頃にトークショーが終わり、今日19時開演の折坂悠太さんのライブまでは時間があるので早めに夕食を食べるかと思い、ヱイクラという大衆居酒屋に入る。早い時間だったが満席。ほとんどのメニューが400円以下と安い中から、豚足、納豆の素揚げ、ちくわ磯部上げを注文。こういう一人で酒を飲む時間が欲しかったんだよなと落ち着いて過ごし、ライブの時間に合わせて店を出る。

開演の19時に合わせて会場の桜坂劇場という映画館に着くが、人気がなく様子がおかしい。もしかしてライブの日を間違えたかと思って焦って会場をウロウロすると、ライブ中と書かれた扉を見つけて気が付く。開演時間を間違えていた。18時開場/19時開演だと思っていたが、17時開場/18時開演だったのだ。沖縄まで来てこんなミスを犯した自分が情けない。酒を飲んでしっぽり落ち着いてたからだ…。とりあえず中に入ると映画館なので観客はみな前を見て座っており、そんな状況で1時間も遅れて間を縫って自席に向かうのは気が引けたため、入り口付近の壁に沿って立ってみることにした。皆が前を向いてステージを見ているのを横から見ているという状況で、そこからは観客に歌いかける折坂さんの影と座ってステージを見つめる観客が正対して見えたのだった。

折坂悠太@桜坂劇場

ライブでは折坂さんが「春が来ますね。でも、春は苦手です。それまで積み上げてきたものが一斉になかったことになってしまうから」と言って"春"を歌ったことが印象的だった。本当に春って優しい雰囲気をもいっていながら、そういう無慈悲なところがあると思います。あとは最後に歌われた"坂道"。この歌が歌われている間は身体が軽くなるような気分になる。

終演後、サイン会があるということで購入したCDを持って列に並ぶ。前に並んでいた方は「サマソニに一人で来られていた折坂さんと一緒にご飯を食べた、あの時の者です。あの時は地べたなんかに一緒に座っていただいてありがとうございました」と話しており、折坂さんも「あの時の!」とリアクションされていたが、私はもちろんそんなエピソードは持ち合わせておらず「毎週ラジオ聞いています。歌もラジオを末永く続けてください」と無難なことをお伝えし、サインをいただく。こういったサイン会におけるサインを書いてもらってそれを受け取るまでの数十秒で何を話せばいいのかいつもわからない。

「桜坂劇場」の看板とともに沖縄の少し早い夜桜が照らされているのを眺めて宿に戻る。

桜坂劇場

 

 

某日

 

ボンボにZINEを持って伺う予定の日。8時頃起床して風呂に入り、散歩をする。昨日訪れた桜坂劇場の目の前にある希望が丘公園でも桜が咲いていた。すでに満開は過ぎているように見えたが、色の濃いカンヒザクラが青空に映える。

希望が丘公園の桜

待ち合わせ時間の10時にボンボへ向かい、初対面の店主ゴウさんに挨拶する。ゴウさんは私のインスタもフォローしてくれており、こういった形でお会いできて嬉しいと言ってくださった。ZINEもお見せするとその場で取り扱っていただけると返事をいただく。そしてボンボの店内にはこれまでに企画したライブやイベントのフライヤーやご友人のアーティストの方の作品が飾られていたが、そこに私が渡したZINEのポストカードも早速加えていただいていた。本当にありがたい。

そのまま開店前の店でレコードを見させてもらい、レコメンド文に「セサミストリートのカバーがおすすめ!」と書かれていたスライ・ダンバーという方のレゲエのLPを視聴させてもらう。ゆるいピアニカが最高だったし、これならシャキーラばっかり聴いている子どもも聴いてくれるかなと思い購入。

その他、Kanoparoさんという方が野口文さんのバンドに3日間同行して撮った写真集を購入し、YUKI KIKUCHIさんというゴウさんの友人の方が滞在先のLAで友人の方や風景を撮影した写真集をゴウさんからプレゼントしていただいた。Kanoparoさんの写真もYUKI KIKUCHIさんの写真も人がとても魅力的に撮られていた。被写体の方と撮影者の親密な関係性が伝わってきて、見知らぬ人のこんな私的な表情を見てもいいのかとドキッとしてしまうような自然で優しい表情が写されているのが印象的だった。被写体の方との関係性も含めてその人にしか撮れないものだと思わされたし、そういった魅力的な写真を撮れるのは尊敬してしまう。

BON VOYAGE

その後は「もしお時間があれば」と誘っていただき、店に飾られていた絵を描いているうららさんという方の展示を見にコザまで行くことに。特に予定も決めていなかったし飾っていた絵も素敵なものだったのでありがたくお誘いに乗らせもらった。出会って間もない中でそこまで誘っていただいて嬉しかったし、人に対する間口の広いオープンマインドな方なんだなと思った。

ゆいレールと高速バスを乗り継いでコザまで向かうが、その間はゴウさんと話したり話さなかったりしながら過ごし、ゆったりとのどかな時間を過ごした。その道中で、私はインスタやZINEに載せたる写真に「これは使わない」と決めている小さなこだわりがあるのだが、ゴウさんに「こういう写真って撮らないんですか」と正に指摘してもらえたことが印象的で、見てくれているんだなと思って嬉しかった。

高速バスを待つ風景

コザにて展示会場に着き、うららさんに挨拶させてもらうがとても明るくポジティブな雰囲気をまとった方だった(その際、ゴウさんはスマートに私のことを「友達の(私)です」とうららさんに紹介してくれていた)。うららさんの作品はどれも独自の鮮やかな色使いで描かれており美しかった。その中でも説明書きがなく抽象的な絵だったけれども、書かれている内容が何故だかまっすぐ伝わってくる絵が一枚あってしばらく前で眺めていた。比べるのもおこがましいが、子どものお絵描き教室を通じて自分の想像力のなさに落胆した後だったので、ゼロからこういった絵を描けることを尊敬した。

また別の絵をゴウさんとうららさんと囲んで見ていた時、うららさんが「この絵は誰にでも見てもらえる場所に飾ってもらいたい」と仰っていたのに対して、ゴウさんは「どこかお店とかにおいてもらえたらいいですね。実際、ボンボにも飾っている絵を見て(私)も来てくれたことだし」と答えていたのをよく覚えている。本当にどこかいい場所に飾ってもらえたらいいなと思ったし、ボンボのようにお店として場所が存在することの重要性を思った。わたしのZINEだってボンボに置いてもらっているからこそ、見知らぬ人まで届く可能性があるのだ。

www.instagram.com

↑うららさんのアカウント

 

会場にはゴウさんの友達でもあり、音楽を作っているポールさんという方がうららさんのお手伝いをしていたので挨拶させてもらったが、ポールさんもめちゃくちゃナイスガイだった。話していると自然と笑顔になるような方で、ポールさんとゴウさんと私の三人で撮ってもらった写真の私がとてもいい笑顔をしていた。いい波長をもっている人には素敵な友達が集まるんだなということを感じた。

↑ポールさんのアルバム

 

コザでゴウさんにタコス屋などを案内してもらい、同じようにバスとゆいレールを乗り継いで那覇に戻った。

コザの街並み

チャーリー多幸寿(タコス屋)

帰りのゆいレール首里付近から眺める那覇

那覇に戻ったのは日が暮れる頃だったが、最後にその日ボンボの店番をされていたゴウさんのお父さんに挨拶をして、ゴウさんとはお別れした。今朝までは想像していなかった一日を過ごし、素敵な出会いもあった充足感とともに宿に戻った。

 

 

某日

 

前の日は結局宿に戻ってから夕食を食べに出かけ、再度宿に戻ったがすんなりと寝ることが出来ず夜中に飲みに出かけたため、その日起きたのは11時だった。午前中のうちにバスに乗って海を見に行こうかと思っていたが全然ダメだった。それどころかめちゃくちゃ雨が降っている。昨日までは晴れてたのに。どのみち海なんて行けなかったのか…と思い、浮島のアーケードのある商店街を散歩する。

まずは牧志公設市場の向かいにある古本屋ウララという店へ。沖縄関連書籍を多く取り扱っており、そこから子どもへのお土産に絵本を購入。海と星空が綺麗に書かれた絵本だと思って買ったが、帰ってから気が付いたがそれは歌手のCoccoさんによるものだった。

他には店主の方が書かれた、この本屋が立地している市場本通りにかかるアーケードの再整備にまつわる「アーケードの本」などを購入。牧志公設市場の建て替え工事に伴って一度はアーケードが撤去されたが、それを市民団体が中心となって2024年8月に再整備したということ。市場本通りではウララさんを含めたほぼ全てのお店が道にはみ出して商品を陳列しているがそんな商店街にとって沖縄の強い日差しを遮ってくれるアーケードは絶対に必要だろうし、実際に今日私も雨をしのいでアーケードの下を歩いてきたので助けられている。

市場の古本屋ウララ

市場本通りのアーケード

購入した本を持ってアーケードの下を歩き、カーサムーチー(沖縄の伝統的な餅)やブルーシールアイスを食べたりして雨が止むのを待つがなかなか止まず。歩き疲れたのでハイカラ堂という足つぼマッサージの店に入る。店主の方に昨日希望が丘公園で桜を見たという話をしたら、与儀公園というところが桜キレイですよと教えてもらったりする。すっきりして店を出て、店主の方の自然な会話が素晴らしかったなと思っていたら、同様のことがGoogle Mapのレビューに多数書かれていた。おすすめです。

その後もA&Wへ行ったりお土産を見たりして過ごしたが、土産物屋では最近大人の真似をしてスマホで遊ぶ子どもに「ハイサイフォン」というおもちゃのケータイを購入した(無事喜んでもらえました)。

B級感ある「ハイサイフォン」とそれで喜んでくれる3歳児の純粋さ

気付けば16時になり、まだ曇っていたが雨は止んできていた。ここで、翌日は昼の飛行機で帰る予定なので海を見に行けるのは日没までの今のタイミングしかないと思い、美らSUNビーチ行きのバスに乗り込む。前回沖縄に来た時に見た海の景色が忘れられず、やっぱり見たいと思ったのだった。晴れてくれればいいのだが…50分程揺られて到着したところ、相変わらずの曇りと小雨だった。

傘を差しながらビーチへ向かう。こちら側は雨が降っているが、日の沈む方向はかろうじて雲の隙間から夕陽が覗いており、西日が差し込んでいた。雨が降っていようが海は変わらずきれいだった。以前、9月に来た時には海水浴をする人、砂浜で走りこむ近所の中学生、BBQ場で賑やかに過ごす人、三線の練習をする人など様々な人がいたが、今は同じ時間帯なのにも関わらず誰もいなかった。心細い気持ちで西日が海面を色付けるの眺めていた。傘に降る雨音を聞きながら。

美らSUNビーチ

思い返せば、この旅では前回来た時よりもいい写真が多く撮れなかった。それは前回が沖縄に相応しい夏で、今回が(春も近かったが)冬ということもあるだろうが、自分の中で旅先の新鮮な見え方が今回は失われてしまったということが大きいのだと思う。複数来ていたらそれは当然だろう。違う場所に行けばいいんだろうが、やっぱり前回行ってよかったところはまた行きたくなる。実際、美らSUNビーチだって来たのは2回目だし。次に一人旅する機会があった時はまた違うところに行きたいなと思う。 もちろん今回できたボンボとのご縁も大切にしたいが、今度は沖縄ではない場所にも行きたい。

ビーチを後にしてバスの時間までしばらく時間が空いていたのですぐ近くにあるイーアス沖縄豊崎というショッピングモールに入ると、スーパーで買い物する人や学校終わりの学生、退屈そうなアパレルの店などがそこにはあった。さっきまであんなにキレイな海を眺めていたのにと不思議な気持ちになったが、遠く離れた場所にあるが見慣れたその景色に少しホッとした。そして、この日2回目のA&Wに入りルートビアフロートを飲んだ。めちゃくちゃうまかった。

ルートビアフロート

イーオス沖縄豊崎

バスに乗って那覇に戻ると、20時の閉店まで15分だけ時間があったのでGood Music Recordsというレコード屋に駆け込む。オールジャンルのレコードが並べられておりとても15分では見切れなかったが、謎の使命感で一枚LPを購入。旅先のレコード屋ではとりあえず一枚はレコードを買ってしまう。

Good Music Records

宿に戻り風呂に入り、一息をついた時には22時頃。寝るにはまだ早いので飲みに出かける。

昨年HOMEが希望が丘公園で飲食やアパレル、雑貨などのお店に出店してもらい、バンドもアコースティックライブをするというイベントを開催したのをインスタで見ていたが、そこに出店していたバーをGoogl Mapにピンしていたのを思い出してそのお店へ向かう。ご夫妻でされていたが旦那さんが尼崎出身ということで、昔尼崎でバイトしていたということを話すと隣に座ってらした常連さんがそのバイト先が入っているショッピングモールにこの前行ったと仰っており、びっくりした。沖縄でまさかそんなローカルな話をすることになるとは。また、HOMEと折坂さんを見たということを話したりしていたら、HOMEのボーカルの方が飲みに来て少し話させて頂いたりもした。事細かに夜の話を書くのは無粋だが、沖縄での最後の夜を楽しく過ごさせてもらった。

終電後のゆいレール

 

 

某日

 

この日は12時台の飛行機に乗る予定なので、前日のように起きたら11時ということのないように目覚ましで7時に起床。足ツボマッサージ屋で教えてもらった与儀公園まで散歩し、コーヒーを飲みチェックアウト。この旅での出来事を反芻して名残惜しく空港に向かったが、この日は特に書き留めておくようなこともなくあっさり那覇から飛び立つ。

朝、昨日の雨は完全に止んでいた

与儀公園

帰路

家族から離れて一人の時間を過ごし、やっぱりこういう時間は大切だよなとしみじみ感じていたが、神戸空港に降りるとパートナーと子どもが迎えに来てくれていた。

ありがたい。引き続き父親業をやりながらまたどこか旅できたらいいなと思う。

 

プレイリスト2025

 

 

ひとりでイヤホンをしてアルバム単位で音楽を聴くのが一番その音楽に浸れると思っているのですが、残念ながら年々そういった時間が減ってしまっています。

それは子育てに時間と気力を取られていることや、音楽よりラジオを聴くことが増えたこと、アルバムを通して聴く集中力がなくなってきているといった理由があるのかなと思っています。ここで1つ目2つ目の理由はまあ致し方ないとして、3つ目の理由は自分でよくないなと思うところです。サブスクで聴くとなんでも聞けてしまうが故に、あれも聴きたいこれも聴きたいと目移りしてしまい、結果的にすべてが目の前を流れ去ってしまい、残るものが少ないという…情報社会には飲まれぬようにしたいものです。

 

ネガティブなことを書いてしまいましたが、そんな中でも2025年リリースのアルバムで好きだと思ったもの、それによらずよく聴いたものを、個人的な一年の振り返りの意味も含めたプレイリストを作成しました。

このようなプレイリストを定点観測のように毎年作っていると自分の好みの傾向がわかるのですが、インディロック、エモ、エレクトリックミュージックといった類の音楽は今年も聴いていました。それに加えてカリプソやラテンジャズ等の楽しさも知れた年でした。

 

中でもBong PeñeraのImeeという曲はラジオから流れてきて知りましたが、ひとり、部屋で弾き語りしているような素朴で丸みを帯びた歌声とピアノ音色が優しい曲です。春先の日差しの中、車で聴いていたことを思い出します。

youtu.be

 

他には今年EPが出たCHARLEROIをインスタで知りましたが、エレピが滑らかなこの曲は、子どもが昼寝している風景とマッチしていた音楽でした。

youtu.be

 

あとはイギリスまで観に行ったOasisも、個人的な一年の振り返りには欠かせませんでした。中でも公式YouTubeに上げられていた歌詞を読んで、一層好きになったRoll With Itをプレイリストには入れました。

youtu.be

「なんだかお前の顔に見覚えがある気がするよ/初めて会ったはずなのに」とハッとさせられてから続く「絶対に道を譲るな/絶対に屈するな/自分らしく生きたいんなら/おれと一緒に来りゃいいさ」というロックンロールスター然とした威厳ある歌詞に惚れ惚れしたのでした。

 

音楽を聴く時間は減りましたが、それでもこのように纏めて聞き返すとそれを聴いていた時期や場面が思い出されるので、一年の最後にプレイリストを作るのは自分の中で習慣となってきました。よければ皆さまも今年を振り返ってプレイリストを作ってみてはいかがでしょうか。

 

それではよいお年をお過ごしください。

 

 

 

1. Life / Sport

2. Roll With It / Oasis

3. Hawk / Algernon Cadwallader

4. My iPhone Screen / Subsonic Eye

5. Ponyboy 2 / Anorak!

6. Compromise / Ostraca

7. We Don't Exist / Venturing

8. Seein' Stars / Turnstile

9. In Your Car / Gaspard Eden

10. Mood For The Tropic / Cecil Lloyd

11. In The Mood / Mongo Santamaria

12. Mambo Beat / Tito Puente

13. Tour of Jamaica / Mighty Sparrow

14. Xtacy / Carlton & The Shoes

15.  Kali ty zapytaješ / Soyuz

16. Dangerous / Surprise Chef

17. Rhythm Of Water / Doctor Bionic

18. Memento / Resavoir & Matt Gold

19. Velox / Danae Palaka

20. Ooo What's That ft. Quelle Chris & Cavalier / Human Error Club & Kenny Seagal

21. Two Shots / Armlock

22. hitch a ride / Arches

23. skyskysky / Peterparker69 & Tennyson

24. Don't Remind Me / Amer Mark & Anderson Paak

25. Chicago Summer / Vulfmom, Evangeline & Woody Goss

26. 少女の想い / 永田茂

27. Imee / Bong Peñera

28. Summer is gone / Pastoral

29. Ciel / Julien Mier

30. Wholesale Anthem / Headache

31. On Heaven / Khotin

32. LUMIERE / CHARLEROI

33. Inaho / No Buses

34. i want to me / 江本祐介

35. そのあと / シャッポ

 

 

 

つかのまの気持ち

 

1人でいる時は頭の中で思考や感情がぐるぐると駆け巡るのですが、どうも人と対面するとその速度が低下して、伝えることが難しくなってしまうことがあります。即座に言語化するということが下手なのかもしれません。十分に推敲する間もない会話の中で、自分が言いたいことを瞬時に言葉にするというのは才能や努力が必要なのものように思われます(私は才能もないし努力もしてこなかった…)。

そうして行き先を失った言葉が、私の場合ブログで書かれているということになっています。頻繁に更新している訳ではありませんが、一番古いエントリを見ると2015年となっており、10年も続けていたことに自分でも驚きました。

受け手のいない日記ではなく、誰かに話を聞いてもらうためのコミュニケーションツールとしてブログを書いてきたつもりです。一方で、誰かから求められた訳でもないのに自分のことを書いて世に公開しているなんて恥ずかしいことをしているなとも思いますが…。

 

*

 

もしかすると人との会話や仕事である程度自分を表現できたりアウトプットできている人は、ブログなどは書かないのかもしれません。

でも逆を言えば、そうでない人にはブログを書いて欲しいなとも思います。私はブログを読むのも好きです。お金儲けとは違う世界でふつうの人が書いたブログを読んでいると、内容は様々ありますが、色んな人がいるな〜みな色々考えて生きているな〜と(阿呆みたいな感想ですみません)当たり前のことが見えてきてなんだかエンパワメントされるのです。そんな風にどこかにいる誰かが書いた言葉が、誰かのお守りになっているはずだと思っています。

 

*

 

そしてブログ同様にZINEも、プロではない人が作るものとして好きで色々と買ったりしていました。なにより形があって手に取れる分、作り手とダイレクトに繋がる感覚があります。今までZINEを作るきっかけはなかったのですが、どんな形かわからないけどいずれ作ってみたいなとは思っていました(ZINEを作ることも、ブログを書くことの恥ずかしついでですね)。

そんな中、この夏にイギリスと沖縄に旅行したのをきっかけにして、初めてZINEを作ることにしました。

イギリスにはoasisの再結成ライブを見るのに合わせて17日間、沖縄にはオードリーのオールナイトニッポンのイベントを見るのに合わせて4日間行きました。ともに、普段の生活圏から離れた場所に身を置くことの素晴らしさを改めて感じた旅でした。

 

このZINEはブログと違って、文章中心ではなく写真が中心です。ただ、これが私のコミュニケーションツールのひとつであることには違いありません。私が見た旅先の景色を誰かにも見てもらいたいという思いです(写真の他に短い雑文も書きましたが)。

 

*

 

タイトルは共通して「つかのまの気持ち」です。

忘れっぽい私はその時々の気持ちをすぐに忘れてしまい、毎日のことが毎日に消えてしまいます。恐らくこの旅で感じたことも。それを少しだけでも覚えておくためのものにしたいという思いからこのタイトルにしました。

 

作っている最中は「誰かから求められた訳でもないし、素人写真だし作る意味あるのか?」と思うこともありましたが、写真は人に見られてこそのものだと思いますし、やはり自分なりのアウトプットをしたい、それも今まで書いていたブログではなくZINEという形あるものを作りたい、という思いで完成させました。

そんな私のエゴや自己満足からできたZINEではありますが、気にかけていただけたら幸いです。

 

*

 

「つかのまの気持ち イギリス編」はA5判136ページで2,500円、「つかのまの気持ち 沖縄編」はA5判48ページで2,000円です。送料込みの価格です。

購入は以下サイト、もしくはinstagramXのDMなどからお願いします。

 

tsukanumano.base.shop

 

 

 

 

イギリス編

イギリス編より①

イギリス編より②

イギリス編より③

沖縄編

沖縄編より①

沖縄編より②

沖縄編より③










 

 

 

最近

 

某日

 

SNSでランダムに上がってきた投稿を再度見たいと思っても、なかなか見つけられないようことがある。

そんな風に感情も常に流動的で、その機微は一瞬頭をよぎった後、思い出そうとしても思い出せないようなことが往々にしてある。特に3歳児を育てていると、子どもの喜怒哀楽の移ろいは激しく、大人は簡単にその渦に飲み込まれ、10秒前には何を考えてたか忘れてしまったりする。

滝口悠生という作家は、そんな普通は目を前を通り過ぎていく感情を掬い取って、逃げていかないように的確な言葉で留めるような小説をいつも書いていて、私はそれを読むのが好きなのであるが、「楽しい保育園」という子育てを中心とした小説が発売されたということで、購入。

小さい子どもを育てている親にはオススメしたい一冊なのだか、読んでいて個人的に思ったのは、自分も同じように子どもを巡る種々雑多を書き残したいということ。日記を付けていることは以前書いたが、自分でも読み返さない走り書きの日記ではなく、自分も含めた誰かに読まれることを前提とした文章。

ということで、この本にきっかけをもらって、以下つらつらと書いていきます。

 

付箋がいっぱいになった一冊

 

 

某日

 

休日。上の子は7時前に起床し元気いっぱいなのだが、それについていけない親はアニメを観させて、ぼーっとしたりやるべきことをやったりする。今日見たアニメはペンギンのピングが凧揚げをしようとするがなかなか上手にできないというもの。そしてそれを見終わった子は「今日、凧揚げしたい」と言う。季節外れの凧揚げであるが、今日は予定もなく断る理由がないので了承の旨を伝え、朝食を食べる。

朝食後、ベランダの植木に水やりをしていると、子もベランダについて出てきて、その流れでベランダに立てかけてあった家庭用プールを見つけて「プールしたい」と言い出す。瞬時に蛇口からホースを引いてきたり、使い終わったおもちゃを並べて乾かすのなどが面倒だと思ったが、子どもの目の輝きを見るとプール遊びをしない方が面倒なことになるのはわかった。自ら水着まで着てプール遊びをする様子を見ていると、凧揚げのことはすっかり忘れたのかなと思うが、プールを出て着替えた子はしっかりと凧揚げのことを覚えていた。この時点で10時半ごろ。早起きする子どもの一日は長い。

凧を持って2人で家を出ると、やはり嬉しい様子で「おっきい公園行こっか」「お空の上まで飛んでいくかな」「パパ先にやってね、そのあと◯◯ちゃん(自分の名前)がやるから」とハイテンションで色々と捲し立てる。

子を自転車の後ろに乗せて5分程度にある公園へ向かう。真夏の7月、さすがにこの時間から公園で遊んでいる子どもは一人もいなかった。公園に着いて「凧上げしよっか」と後ろを向くと、子は首をコクコクさせて空な目をしていた。自転車の揺れが眠りを誘うことはあったが、ついさっきまでのハイテンションからの落差に思わず笑ってしまう。宙ぶらりんになった「凧上げしよっか」という言葉はひとり撤回し、黙って再度自転車を出発させ、完全に寝るまで自転車を走らせるのに徹することにした。

炎天下で歩く人も少ない中、自転車で当てもなく街中をぐるぐる走るなんてことは、こんな風に子どもに振り回された挙句でないとすることはない。爆音の蝉の鳴き声を聞いていると、時が止まって子どもと二人だけの世界を走っているような気持ちになり、無心で自転車を漕いでいた。

 

入道雲が立ち昇る7月某日

 

 

某日

 

平日。上の子は保育園へ行き、家の中に平穏な時間が流れる。皿洗いをしていると、最近ずり這いスキルが向上し、ゆっくりだが確かに自分の意志で移動できるようになった下の子が足元に寄ってきて、まだ乳歯が2本しか生えていない口で、噛むとも舐めるともいえる調子で踵のあたりをはむはむと咥えるのであった。何でも口にしたい時期だ。くすぐったいし歯も当たって少し痛いが、心地よいので好きにさせておく。

その後、子を抱えてソファに座りミルクを飲ませていると、子はそのままウトウトとし始める。乳幼児がミルクを飲むのは本当に全集中という様相で、徐々に体が熱くなってきて、頭には汗をかく。それを抱える親も、その心地よい重さと体温、汗臭い髪の毛の匂いを感じながら眠気を感じる。

流していたラジオから「そのあと」という曲が流れてきて、子どもがいる風景に似合う曲だなと思いながら、子に誘われるように眠りに落ちていた。

 


www.youtube.com

 

 

某日

 

映画「海が聞こえる」を見た。

 

 

高知の進学校から東京の大学に進学した杜崎拓は、JR吉祥寺駅のホームで武藤里伽子に似た女性を見かける。だが、彼女は高知の大学へ行ったはずであった。

初めての夏休み、高校の同窓会のために帰省する飛行機の中で、拓の思いは自然と里伽子と出会ったあの2年前の夏の日へと戻っていった。季節外れに東京から転校してきた里伽子との出会い、ハワイへの修学旅行、里伽子と2人だけの東京旅行、親友と喧嘩別れした文化祭。ほろ苦い記憶をたどりながら、拓は里伽子との思い出を振り返っていく。

via Wikipedia

 

大学1年生の夏休み、東京から田舎の高知に同窓会へ向かう拓の回想で進められる。親友の松崎豊と、高校2年生の夏に東京から転校してきた森崎里伽子を中心とした友情と恋愛(もしくは以前のそれ感情)を巡る話なのだが、回想している拓はまだ大学1年生…高知での出来事を懐かしく思い返しているが、どれもたった2年~半年前の話。大学進学で環境が一変した時に、濃かった高校時代を思い返すというのは、19歳特有の感情だろう。

美人で文武両道な里伽子は、男子から憧れの眼差しで見られるという描写もあったが、それよりも他人に配慮できない自己中心的な一面や幼さが随所に見られる。修学旅行先のハワイで、東京の父親に会いに行くための資金ということを隠して、拓に「お金を落としたから貸してほしい」と6万円を借りたりしている。そんな里伽子に憧れや恋愛感情を持つということは、大人になればそうないことだが、やはり高校生男子は惚れてしまうのだ。自己中心的で幼稚な里伽子に対しても、そんな里伽子に惚れてしまう拓や松崎に対して、懐かしさを伴った青臭さを感じる。

 

93年公開ということで、修学旅行でハワイに行ったり、「カップリングする」などの言い回しが出てくるなど、随所にバブルの残り香を感じさせる。また、未成年の飲酒シーンもあっけらかんと流れてきて、公開時のおおらかな時代背景も垣間見られる。他にも今はないスプライ缶のデザインや家電のコードを巻きながら話す長電話など、映画全体に漂う時代のムードは、永井茂のサウンドトラックと相まって、91年生まれの私が経験していない時代への憧憬を掻き立てる。

 

72分という短さもあるので、暑い日に喫茶店へ入りメロンソーダでも飲んで休憩するように、気軽に観れる映画かと思います。さっぱりとした爽やかな気分を味わえる。

 

 

某日

 

バラの花が見ごろの季節。バラが咲く前を通り掛かった時、花の前で写真撮影をする親子を見かける。4人の子ども(長男とその妹3人)が花の前に立ってピースをしたりして、親がその写真を撮ろうとしていたのだが、親が一言「メンズは写らんでええねん」といい、手で払い退ける仕草をする。小学校低学年くらいの長男はピースしていた手を下げて、カメラを構える親の背後に回る。なんとも胸が苦しくなるところを見てしまった。

女の子3人だけで撮りたいのであっても、もっと言い方はあったのではないだろうか。こういったところから、歪な感情(女尊男卑に対する暗雲たる思い)が男の子に植え付けられたりしていくのでは、思い巡らせてしまう。ひいては同性兄弟(姉妹)であっても、どちらかを贔屓するようなモノ言いは、「僕は(私は)大事にされていないんだ」という自信のなさ等を生んだりし兼ねないなと、子育て中の親としては考えさせられたりした。

 

バラ園を駆けるわが子

 

 

某日

 

上司と、同僚とその上司の4人で出張先で町中華に入り昼ご飯を食べることになる。私以外の3人はラーメンチャーハンセット2700円を注文(高いが、半チャーハンではなく普通に大きいチャーハン)。私はラーメンだけを注文。揃ってオーダーが到着、美味しく頂く。早くラーメンを食べ終えてしまったところで、やっぱりチャーハン食べたいなと思ってしまう。他の3人はまだ食べているので、急いで追加注文し、急いで食べたら間に合うだろう。注文。すぐに届き、チャーハンをかき込むのだが、やはり先に他の3人が先に食べ終えてしまう。マズい、と思っていると3人は立ち上がってしまう。上司に行くぞ、と背中を叩かれてしまうので、チャーハンを少し残して席を立つ。急いで口直しに"消しゴム"を一口齧り、お会計をしてくれている上司にご馳走様です、と言い店を出る。同僚の昼食代も同僚の上司がお会計をしてくれていたので、高かった分ありがたいなという目配せをし合う。が、数歩行ったところで、私と上司、同僚とその上司の2ペアが少し離れて歩くことになった時、上司から先のお金よろしく、と言われる。同僚とその上司の前では自分が払う素振りを見せたのに、後からこっそりと請求するという、ケチの癖に見栄えを気にする根性に愕然とするが、いやいや払って下さいよとも言えず、歯を食いしばってお金を渡す。渡すために2700円を握った時、2700円も自腹出すのに、上司に背中トントンをされてチャーハンを全部食べられなかったことが再認識され悔しくなる。さらには最後に一言齧った消しゴムの食感も気持ち悪く思い出される。後から上司に請求されたことは、絶対同僚には報告しよう…と思っていたところで、目が覚めた。

私は育休中なので、上司と出張はないのに、嫌な夢を見てしまった。上司は実在の人(普段からケチだと言われがちである)であり、リアルな設定ではあるが、町中華のラーメンチャーハンセットにしては2700円と割高だが細かな価格設定であったり、違和感なしに消しゴムを齧っていたりする妙な夢だった。目が覚めて残ったものは、ケチ格好付け上司への怒りと、謎に齧った消しゴムの食感の気持ち悪さであり、気持ちの良くない寝起きであった。同僚に報告出来なかった無念を晴らす代わりに、ここに記させて頂く。

 

 

某日

 

7ヶ月になる子どもをベビーカーに乗せ、近所の喫茶店に入る。「2人」と伝え、席に着く。飲み物を注文した際、店員さんは「お二人…」と少しの戸惑いがあったが、ベビーカーの子どもを見て、合点がいったように「お二人ですね」と子どもに微笑みかけてくれた。

ここで気が付く。入店して「2人」と伝えた時、店員さんはベビーカーの子どもは1人とカウントせずに、後から大人がもう1人やってくるのだと理解していた様子だった。もちろん7ヶ月の子どもは何も注文しないので、店側からしたらそう理解するのも全くおかしな話ではない。こちらが「2人」と伝えずに「1人とベビーカー1台」と伝えれば正確だったが、それを煩わしいとしてしまったのが良くなかった。

この時に思い出されたのは、上の子を初めて外食に連れ出た時のこと。それは近所にあるファミレスだったのだが、そこのでは着席と同時に、ベビーカーに乗せた子どもに対してもコップに入ったお水とおしぼりを出してくれたのだった。今になれば、何も特別ではなくマニュアルにある対応だろうし、そういったことをしてくれる店はよくあるのだか、初めての外食で我が子を立派な「1人」として扱ってもらったことは、私たち夫婦にとって印象に残る出来事なのであった。ベビーカーに乗る子どもは水は飲まないし、おしぼりも使わないのに、目の前にそれらが置かれているのは、不似合いで可笑しいねなどと話したのを覚えている。

かと言って、やっぱりベビーカーの子どもを1人とカウントしなかった喫茶店の店員さんの理解の仕方を非難したい訳ではなく、このように子どもを連れて出歩くと、些細なことが日常のフックとなって記憶に残っていくのだな、と思った。

 

 

某日

 

上の子が通う保育園では毎年「おはなしあそび会」という、所謂お遊戯会のようなものが開かれており、我が家では保育園が販売するそのブルーレイを毎年購入しているのだが、そのブルーレイを家族の中で最も熱心に見ているのは上の子自身である。見たいと言うのは自分のクラスの時もあるし、「お姉ちゃんの」と言って年上のクラスを見たいと言う時もある。子は、自分より年上の「お姉ちゃん」に絶対的な信頼と憧れを抱いているようで、よく公園でも見ず知らずのお姉ちゃんの後を付けて、あばよくば一緒に遊んでもらおうとしたりしている。そんなお姉ちゃんが、テレビの中で楽器演奏なんかをしているのを、何も言わずにじっと見たりしている。憧れの眼差しというような目線で見ているのだと思う。

もちろん自分の映るクラスを見ることもあり、「ひしゃぶり(久しぶり)にこれ見たい」と1歳児クラスの時のブルーレイを手渡され、再生する。1歳児クラスの、ベイビーとキッズの間の姿がそこに収められている。1歳児クラスの「おはやしあそび会」は、先生がお歌を歌うのに一緒に歌ったり歌わなかったり、名前を呼んだりするのに反応したりしなかったり、各々が部屋の中をウロウロしたり端に固まったりと自由に過ごしており、年上の子のお遊戯とは違う微笑ましさがある。

そしてそこには「ひなちゃん」という女の子が写っているが、ひなちゃんは2歳児クラスに進級するタイミングで園を離れてしまったので、今は同じクラスにはいない。「ひなちゃんがいるね」と話しかけると、上の子は「うん。でもひなちゃん、今、ずっとお休みしてるの」と答える。いなくなってしまったのではなくてお休みをしているのであって、いずれはまた再会出来るのではと思っているのか。その健気さに対して、もう恐らく会えないというのを話すのは余りにも野暮だと思い、「そうなんだね」とだけ答える。

しかし、3歳になると「もう会えない人」がいるという事実は全くわかっていない訳でもなさそうで、子が2歳2ヶ月の時に亡くなったジイジ、2歳11ヶ月の時に亡くなったバアバの家の犬がどこにいったのかは咀嚼している最中であるように思う。路上で虫の死骸を見つけて「死んじゃったのかな、ジイジと同じ所にいったのかも」と話しかけると、「ハルちゃん(実家の犬の名前)も?」と死んでしまった人という関連付けから自ら犬の名前を出してきたりして、ハッとさせられた。

だがよく考えると、もう会えない人という意味ではひなちゃんもジイジもハルちゃんも、実はあまり変わりがなく、「ずっとお休みしている」人と亡くなってしまった人は、残された人にとってはあまり違いないのかもしれない。しかし、それは残された人が記憶している限りの話で、時間が経って子がひなちゃんもジイジもハルちゃんも忘れていってしまうのではと考えると、成長していく子どもにどうしても儚さを感じる。

 

 

某日

 

そんなことを考えていると連鎖して思い出されるのは「百年と一日(柴崎友香)」という小説であった。タイトル通りとある一日の出来事が書かれていたかと思うと、次のページでは百年後の話になっているというものだ。ミクロな時間の濃さとマクロな時間の儚さ。

子どもが生まれてから、百年先の子供が100歳とかになった時に思いを馳せるようになった。自分が存在しなくなった世界でも、今モチモチ肌の子どもはシワシワになって生きているかもしれないし、その子ども、とその子供とその子供が生きているかもしれない。初めて標語とかにある「未来の子ども達に繋ごう」というのを実感を持って感じるようになったし、その子たちにとって苦労の少ない社会であればいいと思うようになった。自分がいなくなった後も、自分のことを覚えている人がいるであろうという事実は、今現在の自分の考え方や選択に立ち返らせるのだなと感じる。これは子どもを持つことが正義だと言っているのではなく、個人的に感じたことです。

 

 

某日

 

学生時代の友達から、別の友達と会ったという話を聞く。その友達があった別の友達は、自分も同級生として当時普通に話をしていた仲であるが、そんなに距離感も近かった訳ではなく、最近めっきり会うことはなかった「ずっとお休みしてる人」であった。元気にやっているということを友達伝えに聞けたことで、凍結されていた彼女のイメージが少し動きをみせて、それだけでよかったと思える出来事であった。

 

 

某日

 

昼12時に大阪駅出発のバスに乗り名古屋に向かう。数千円と格安でチケットを購入できるバスには、某男性アイドルグループのコンサートに向かうのであろう女性ファンで満席となっていた。こうも若い女の人に囲われていると、その場で浮いた存在であることに加え、いい年をして節約のためにバスのチケットを買ったことが浮彫りになったような気がして少し恥ずかしい。

バスの中ではラジオを聞きながら、車窓を眺める。見慣れない街並み、複雑なジャンクションの道路橋の構造、反対車線を通りすぎる珍しい車、大きな川に掛かる橋で開ける風景…そんなものをぼんやり見ていると、遠くに運ばれているんだなと、いくばかりかの旅情を感じる。遠く、といっても行先は名古屋であって、かつ名古屋滞在時間24時間だけの行程なのである。仕事上出張の多い人などからすると、片道3時間の一泊二日は大したものではないのだろうが、日常から切り離されたそれは、自分にとってささやかなショートバケーションなのであった。

きっかり15時に名古屋駅前に到着。長距離バスから降ろされる時は、いつも心の準備が出来ていないうちに突如目的地へ着き、ぶっきらぼうに街へ放り出されるという感覚で降ろされている。

レコード屋へ向かい時間を潰す。hair & music parlour FAMというレコード屋は、細やかなジャンル分けがなされており、中古屋だが全てのレコードに丁寧な紹介文が書かれており、ディグ欲を刺激される良いレコード屋だった。知らないレコードを思わず買ってしまうレコード屋は良いレコード屋だ。

宿にチェックインし、名古屋に来た目的のライブを見る。その後は、近辺で働いている友達に付き合ってもらい夕食を食べる。名古屋には台湾中華の店が何軒かあるようだか、ピカイチという店に入る。ドラゴンズ愛の強い店内であった。

友人とは仕事の話をする。友人は塾講師の仕事をしているが、同僚の講師が生徒からの人気を集めるために、解せないやり方をしていると溢していた。曰く、塾講師は生徒からの評価が会社での評価にも影響するらしいのだか、その講師は講師トレーディングカードなるものを作り、わかりやすいキャラクター化し、生徒に配ったりしているとのこと。生徒も受験勉強の中の楽しみとして、それを喜んでいるようだが、友人曰く「なりふり構わず、そんなダサいことをして人気取りをするなんて教育者としてクソ。生徒に勉強を教える前に、ダサいことを教えるな」。しかし、そのダサいことはルール上、なにもアウトなことをしてる訳ではなく、あくまで倫理観の問題なので、大声で非難することも出来ず歯痒いということを愚痴として吐いていたが、友人の言う通りだと思った。成果主義に回収される倫理的な貞操観念のなさ。その味気なさや息苦しさ。そんな明るくはない話題を抱えて、友人と宿に向かった。

 

 

某日

 

名古屋二日目。慣れない寝床でぐっすり寝付けず、起床。散歩をして友人が起きるのを待ち、コンパルという喫茶店へ。昨日よく話したこともあり、この日はなんとなく口数も少ない。ぼーっとして、バスの出発する名古屋駅まで向かうと、既に14時。ここからバスに乗って大阪に帰ると17時頃になり、あっという間に一日が終了する。友人と「今日ほど内容の薄い一日もないだろう」と話したぐらいなので、ここに書くこともあまりない。

帰りのバスでは、夜あまり寝れなかったにも関わらず一睡も出来ず、ぼーっと過ごす。この時既にショートバケーションには飽きて、子どもの顔が見たいと思い出していた。家族といれば1人になりたいし、1人になれば友達と会いたいし、友達と会えば家族に会いたいという勝手な思いを転がしながら、往路と同じように車窓を眺め、帰阪。

 

 

Sportインタビュー記事(和訳)

 

以前、こちらに書いたバンドSportが9年ぶりのアルバムをリリースするということで、ポーランド?の音楽サイトIDIOTEQにインタビュー記事が掲載されていました。英語はわからないけど読みたいということで、翻訳にかけましたので、それを書き残しておきます。自分の記録用でもありますが、どなたかの参考となれば幸いです。

 

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idioteq.com

 

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9年ぶりのアルバム「In Waves」を携えてエモヒーローSportが帰って来る!…友情とヘルツォークと火山

 

フランス、リヨンの4人組パンク/エモバンドのSportは、6月21日に9年ぶりとなる4枚目のLP「In Waves」をリリースする。

 

2011年の結成以来Sportは、Snowing、Algernon Cadwallader、RVIVR、Spraynardといったバンドの様式的な系統をたどりながら、アップビートでヌーディなギターと感情的に重たいテーマを融合させることで知られてきたが、フルアルバム『Slow』を2016年に発表した後、2019年、彼らは活動を停止した。

 

SPORT live by Hugo Clarence Janody

 

同年、彼らは『The disco after the breakdown 2010-2019』と題したリリースで過去の音源をまとめた(オリジナルの『Demo』7インチ・ブラック、『Colors』12インチ・ゴールド、『Bon Voyage』12インチ・ブラック・クリア・スプラッター、『Slow』12インチ・レッド・ブラック・クリア・スプラッターの全ディスコグラフィーを収録)。

 

600枚しか作られなかったこの音源の12ページのブックレットには、歌詞、ギグ履歴、バンドの個人的なメモが掲載され、さらにオリジナルのファーストプレスヴィジュアルを再現したアートワークも付いており、このアンソロジーは、La Tête d'Ampoule、Adagio 830、Voice Of The Unheard、Guerilla Asso、La Agonía De Vivir、Pike Recordsからリリースさた。

 

 

その後数年間、メンバーの何人かはガレージ・パンクのサイド・プロジェクト、VICEPREZを立ち上げ、2枚のアルバムをリリースしましたが、5年後にはSportという絆の元、再度集まることとなった。

 

SPORT by Alexis Machet

 

ニコ・モランは、「フローとおれは、アコースティック・ギターから始めて、Sportのために、また新しい曲を書き始めた」と振り返る。「すぐに、リヨン近郊のヴィルアルバンヌにあるミクロコスム・スタジオに行き、自分たちでヴォーカルを録音したんだ。いつも音楽が完成してから歌詞を書くから、時間がかかったよ」

 

SPORT live by Hugo Clarence Janody

 

休養中に独学で絵を学んだフローは、『In Waves』のために2つのオリジナル・アートワークを制作した。アルバム・タイトルは、AJ・ダンゴの同名のグラフィック・ノベルへのオマージュでもある。「癌で若くして亡くなった女性と、彼女を愛する男性の物語なんだ。お薦めだよ」とニコは付け加えた。

 

 

Sportの「In Waves」はAdagio 830、Bigoût Records、Good Job Dog Knights、Inhumano Records、La Agonia de Vivir、Nasty Cut Records、Not Sorry Records、Panique Paniek、Pike Records、Sonatine Produzioni、Shove Records、Shore&Woods Recordings、Vitriol Records、Voice of The Unheardなど、世界中のDIYレーベルの幅広いネットワークを通じてリリースされる。

 

すべてをコーディネートしているのは、13年以上彼らのレコードをリリースしている自身のレーベル、ラ・テット・ダンプルだ。「この数年間で売れたレコードは2万枚近くになりますが、そのほとんどがこのリビングルームかガレージを通ったものだよ」とニコは言う。

 

SPORT live by Hugo Clarence Janody

 

「完全にDIYなやり方にこだわっていて、プロの音楽業界の規範に従うことに興味はないんだ。DIYの世界ではすべてが信頼関係で成り立っており、誰からも失望させられたことはないと思う」

 

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すでに「Caveat」と「Are You There?」の2枚のシングルが発表されてる。この2曲からは、成熟した、しかし依然として感情的なSportの一面を垣間見ることができる。

 

「Caveat」は、ヴェルナー・ヘルツォークの映画に対する執念への直接的なオマージュであり、猛烈さへの瞑想録である。『頭の中にフィッツが浮かぶ、尾根を越える320トンの蒸気船』という歌詞は映画「フィッツカラルド」に言及している。

 

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また、火山学者のカティア・クラフトとモーリス・クラフト夫妻についても触れられていいる彼らは噴火の記録中に壮絶な死を遂げ、バンドにとって象徴的な存在となった。

「この曲は、私たち自身の人生に対する情熱と、激しく生きたいという願望を表現しています」とニコは説明します。「この曲の最後には、『心の奥底で燃えさかる炎 』というセリフがある。アルバムを作っている間、このセリフを聞くと涙が出てくるんだ。まるで、自分の心の奥底にある繊細な何かにぶつかるような感じでね」

 

SPORT by Alexis Machet

”Caveat”

 

There’s a man with a vision
A fire burning deep inside
Got a Fitz in my head
320-ton steamship moving over the ridge
Brought a light to arouse my sense of wonder
Elicit curiosity
Come around to arouse my sense of wonder
Through the dense emerald green grove
Dancing on the edge of love
Life in the distance, calling now or never
In the light of the endless summer spent together
Where am I in the distance ?
Running up to the crater, the fury, the blaze, the flame
Life keeps rising, grass will grow again
Where am I in the distance ?
A fire burning deep inside of me
This fire burning deep inside of me

 


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セカンドシングル『Are You There?』は、アルザスでの偶然の会話からインスピレーションを得ている。

「母が住むコルマール近郊アルザスのブドウ畑にあるデュ・ポン・ドゥ・ラ・フェヒトというオーベルジュの女性の主人に会ったんだ。彼女はリンゴの木について、そして春になると時々遅霜が降りることを教えてくれた。そのため、村人たちは木の下で焚き火をし、芽を寒さから守るのだそうだ。この歌は問う。『あなたは夜、つぼみの花を咲かせるためにそこにいますか?』と。」

 

”Are You There?”

Keeping watch through the silent nights
To shield blooms from frost’s cruel bites
When they’re gone, they’re no second coming
Are you there when the night turns cold ?
Will you stand when the tale unfolds ?
Time will tell if we came for something
A thousand blazes till quarter to seven
Ashes cooling in the mourning sun
Words don’t come out, they’re spoken too softly
Are you there, is that you talking ?
There’s a field beyond the bridge
Apple trees dread springtime freeze as
Last year the yield was close to nothing
Are you there when light is gone
Will you stay, buds begin swelling
Land whispers secrets only farmers know
A cresting tide, sand descending
Beneath the shell, who do you long to be ?
Wavelength clash, each yearn for bonding
Are you there ? Are you there ?
Searching for a way to start a sincere talk
I’d like to see buds swelling

 


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Sportはアルバムの1曲目、「Life」のビデオも撮影した。

「リハーサルの後、たった15分で撮影したんだ」とニコは言う。

 

”Life”

 

Life as you know it just became more meaningful.
Life as we know it, just became more meaningful.
It gives me something.

 

この夏、バンドは再びツアーに出る。イタリア、スペイン、ドイツ各地のパンク・フェスティバルに出演し、さらに日本、台湾、香港、そして沖縄へと向かう。

それでもSportは、彼らが言うところの 「季節限定バンド 」であることに変わりはない。ニコはこう語る。「6ヶ月間会わないこともあれば、数週間ツアーに出ることもある」

 

 

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May 16 – Annecy, France – Bistro des Tilleuls
May 17 – Marghera, Italy – Venezia Hardcore Fest
June 14 – Hamburg, Germany – Not Sorry Fest
June 27 – Vidreres, Spain – Actitud Fest
June 28 – Oviedo, Spain – LADV Fest
July 8 – Kichijoji, Tokyo, Japan – Warp
July 9 – Kyoto, Japan – Submarine
July 10 – Osaka, Japan – Conpass
July 11 – Nagoya, Japan – Stiffslack
July 12 – Shimokitazawa, Tokyo, Japan – ERA
July 13 – Shinjuku, Tokyo, Japan – Nine Spices
July 14 – Naha, Okinawa, Japan
July 15 – Central, Hong Kong
July 16 – Taipei, Taiwan

 

SPORT "Caveat"

 


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This song is a tribute to Werner Herzog 

 

There's a man with a vision a fire burning deep inside

Got a Fitz in my head

320-ton steamship moving over the ridge

Brought a light to arouse my sense of wonder

Elicit curiosity

Come around to arouse my sense of wonder

Through the dense emerald green grove

Dancing on the edge of love

 

Life in the distance, calling now or never

In the light of the endless summer spent together

Where am I in the distance?

Running up to the crater, the fury, the blaze, the flame

Life keeps rising, grass will grow again

Where am I in the distance?

 

A fire burning deep inside of me

This fire burning deep inside of me

 

 

 

*

 

 

この曲はヴェルナー・ヘルツォークに捧げる

 

心の奥底に炎を燃やし、ビジョンを持つ男がいる

頭の中にはフィッツカラルドがいる

320トンの汽船は山の背を越えていく

不思議な感覚を呼び起こす光をもたらした

好奇心を刺激する

不思議な感覚を呼び起こしに来てくれ

エメラルドグリーンの密林を抜けて

愛の淵で踊る

 

遥かなる人生、今か今かと呼びかける

一緒に過ごした終わらない夏の光の中で

ここは人生のどの辺りなんだ?

火口へ駆け上がる、怒り、炎、激情

草が再び生えてくるように、人生もまた上昇していく

ここは一体どこなんだ?

 

心の奥底で炎が燃え上がる

心の奥底で炎が燃え上がっている

 

 

*

 

 

Sportというバンドについては以前こちらを書きましたが、去るの5月6日、Sportは4枚目となるアルバム「In Waves」を6月21日に発売することを発表しました。

 

 
 
 
 
 
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このアルバムリリースに先立って、5月13日には「Caveat」を、5月27日には「Are You There?」を、6月10日には「In Waves」を配信リリースすることも発表されています。

なお、この3曲の他にも「Life」という曲のビデオが6月3日には発表されていますが、ここでは「Caveat」の和訳をしてみました。曲の前半は歌い上げたくなるような勢いですが、中盤からはテンポを落として哀愁も感じさせる展開に変わっていく曲です。

 

歌詞は初めにある通り、映画監督ヴェルナー・ヘルツォークの作品に関する内容が散りばめられています。

頭の中にはフィッツカラルド(Fitz)がいる』『320トンの汽船は山の背を越えていく』『エメラルドグリーンの密林を抜けて愛の淵で踊る』というのは、天然ゴムの樹液が取れる木の生える森を開拓すべく、アマゾンの奥地の山を船で峠越えしようとする映画「Fitzcarraldo」に由来した歌詞かと思われます。

 

 

この「Fitzcarraldo(フィッツカラルド)」とは、ずばり映画の主人公の名前となっています。彼はオペラを見に行くのにチケットを持たずに正面入り口から乗り込んだり、ゴム園の開拓をする前は鉄道事業で失敗していたり、ゴム園を開拓しに行く船を購入するお金を愛人に出してもらったりと情けないところが多分にある男です。

しかし、ゴム園開拓のために船を山越えさせて前人未踏の地に足を踏み入れるといったアイデアを信じて疑わなかったり、愛人モリーのお金で買った船に「モリー号」という名前を付けたりと、ぎりぎりのところで憎めない男としても描かれています。ゴム園の開拓も、自身が見たオペラに感動し、オペラ座を建てるためなのです。

話の筋書きは結構ツッコミ所というか、ハチャメチャなところがあるのですが、この映画で重要なのは常人離れした信念を持つ男が、本当に船を山の頂上まで持ち上げたという一点なのかと思いました(時に映画に整合性や現実性を持ち込むのは、野暮なことのように思われます)。

 

話が「Caveat」の歌詞から逸れましたが、ヴェルナー・ヘルツォークに捧げるとしているのは、この船を山越えさせるというのをCGなしで実現させ、撮影したという監督の執念ともいえる情熱に因るものかと思います。密林を切り開き、均した山の斜面をデカい蒸気船がジリジリと上がっていく映像は、思わず固唾を飲んで見入ってしまいます。

ここで、例えばスターウォーズのエピソード6(ジェダイの帰還)は1983年公開なので、1982年公開時にそのレベルのCGでこの映画を撮ったとしても、こういった迫力のある映画にはなっておらず、少し筋書きにおかしなところのあるB級映画に終わってしまっていたかもしれません(宇宙空間を舞台にした映画とアマゾンを舞台とした映画におけるCGの取り扱われ方は当然違ってくるはずなので、スターウォーズB級映画と言っている訳ではありません)。

つまり、船を山越えさせるというのは主人公フィッツカラルドの信念であり、監督ヴェルナー・ヘルツォークの情熱であり、オーバーラップしていたのかなと思います。

 

そして、誰もが『ここは人生のどの辺りなんだ?』と答えのない自問をしてしまう傍らで、そのような信念や情熱を『心の奥底で炎が燃え上が』らせることの尊さをこの曲歌っているのではないのでしょうか。

 

なお、『火口に駆け上がる』という歌詞は、映画「内なる炎:カティアとモーリス・クラフトへのレクイエム」に由来しているのかと思われますが、こちらの映画は現在、サブスクで観られる状況にはないようで、残念ながら見れていません。

また、もしかすると『一緒に過ごした終わらない夏の光の中で』という歌詞も何らかの映画からのオマージュなのかもしれませんが、元ネタを見つけられませんでした。

 

 

*

 

 

これまでに訳した1stアルバム「Colors」の曲を以下にまとめておきます。

 

Colors by SPORT

01.Barcelona, 1992

02.Helsinki, 1952

03.Lake Placid, 1932

04.Saint Moritz, 1928

05.Melbourne,1956

06.Sydney, 2000

07.Paris, 1900

08,Paris, 1924

09.Lillehammer, 1994

10.Saint Louis, 1904

11.Annecy, 2018

12.Sarajevo, 1984

13.Montreal, 1976